田中 望/Nozomi Tanaka
過去にセンター内にあった薬草園の姿を最も感じられる作品は、田中望の作品です。展示スペースに入ると、まず薬草屋の大きな暖簾が目に入り、作家自ら旧薬草園などで刈った山草の香りが部屋に広がっています。
《あなたの根を知る》2024
また、暖簾をくぐると、薬草から作られたお酒の瓶、薬草屋の道具や張り紙、薬草屋を営むうさぎの絵などが展示されていて、視覚と嗅覚から、昔ながらの薬草屋の雰囲気を感じることができます。
《あなたの根を知る》2024
田中は、東北の風土や民俗学の研究、フィールドワークなどを行い、その成果をもとに、うさぎを登場人物として描き、絵画的に表現を行う作家です。今回の作品も、元住民へのインタビューや薬草園の整備時に行われた植物の移植にまつわる話から着想を得た物語を、アニメーション作品にしています。部屋には4つのモニターがあり、それぞれの前に置いてある瓶を持ち上げることで、アニメーションが再生されます。薬を売りながら、あらゆるものの「根っこ」を学ぶ旅をしているうさぎが、この四美の里で人々と対話し、根っこや土地について考える、4つの異なる物語です。厳しい自然の中でも、ここで生き、死ぬと決めた者や、故郷の土地の匂いに惹かれた者。この作品を見る人々は、彼らの言葉を通して、四美のことや、自身の故郷のことについて考えを巡らせるでしょう。
《あなたの根を知る》2024
弓指寛治/Kanji Yumisashi
今回の芸術祭は、大地の芸術祭や瀬戸内国際芸術祭などの広域で行われるものとは異なり、センター内を歩いて作品を鑑賞します。訪れた人々は、歩いていく中で、弓指寛治の作品に出会うでしょう。今回、弓指は、作品同士の動線になるものや、会場となるセンターの端まで誘導するような作品を作りました。この地域に伝わる民話や伝説を、約100枚の絵と言葉で伝えています。
《民話、バイザウェイ》2024
《民話、バイザウェイ》2024
絵と言葉の描かれた看板が交互に連なり、それらを歩いてたどりながら、作品を鑑賞します。そのため、弓指の作品を追っていると、いつの間にか他の作品にたどり着いていたり、山奥に来ているという、まるで自分が物語に入ったかのような経験ができます。そして、物語自体も、化け狐の伝説のように古来のものから、戦争の時代の話へと、時代も進んでいきます。弓指は、自死や慰霊をテーマに、タブー視されるトピックを、あえて作品にしており、今回も戦中に下呂にいた従軍慰安婦や、下呂から満州へ渡った鳳凰開拓団の物語を描いています。自然の景色の中でも目を引く弓指の力強い絵とともに、この土地に伝わる話を通じて、地域への理解を深めることのできる作品です。
釘町彰/Akira Kugimachi
釘町彰は、「光、時間、距離」をコンセプトに、文明の起源や人と自然の関係を問う絵画を描き、近年では、絵画と映像によるインスタレーションも発表しています。今回の作品も、絵画、彫刻、映像が混在したインスタレーション作品です。作品の中心となるのは、下呂市内にある巌立峡を、日本画の技法で描いた絵画作品「Gandate」であり、日本や世界の原始的な風景にも、別の惑星のようにも見えます。暗闇の中に浮かび上がる、その姿は、荘厳で、この「Gandate」をスクリーンとして、水の流れや森林、作家が日々撮りためてきた日常的な風景がランダムに、作品と重なる形で投影されます。実際の自然の景観が移り変わっていくように、「Gandate」も映像とともに表情を変えていくため、見る者の目を離しません。
《来たるべきもの》2024
そして、その向かい側には、小坂の滝が流れる岩場の窪みを描いた「Osaka」があり、そこにも映像が投影されています。小坂の滝とは、下呂市内にある日本一滝の多い町である飛騨小坂の滝のことで、200を超える滝が町の中を流れています。そして、釘町が初めて手掛けた彫刻作品「Unknown」は、和紙を揉んで生まれたランダムな形を基に制作されているのですが、隕石のようにも、数万年前の人工物のようにも見えます。また、部屋の入口付近には、暗闇の中の光だけを描いた「Lightscape」が展示されています。これら4つの作品が、光を浴びて同時に目に入ってくることで1つの作品に思えたり、それぞれが違う意味を持つ独自の作品に見えたり、暗闇に包まれて消えていったりと、空間全体が不安定で流動的な印象を与えます。このように、人間の尺度を超えた時間と風景を感じさせるこの作品は、人間世界は、そして自分は、どう自然と関わっていくのかを考えるきっかけにもなるでしょう。
《来たるべきもの》2024
清流の国 文化探訪『南飛騨 Art Discovery』 MAP
今回、紹介した3名の作品は、上記のマップの黄色のハイライトで示された場所にあります。1番が弓指寛治「民話、バイザウェイ」、2番が釘町彰「来たるべきもの」、そして7番の田中望「あなたの根を知る」です。弓指の作品の一部を除いて、赤いハイライトの下呂駅と会場を繋ぐシャトルバス停から、歩いて5分ほどの距離にあります。1日で、ほぼすべての作品を見て回ることのできる「南飛騨 Art Discovery」は、実際に歩きながら、地域の自然や歴史、文化に基づいた作品を楽しむことができます。
清流の国 文化探訪『南飛騨 Art Discovery』
期間:2024年10月19日(土)~11月24日(日)
時間:10月(10 / 19〜31)10:00 - 16:30/11月(11 / 1 〜24)10:00 - 16:00
会場:南飛騨健康増進センター 一帯(岐阜県下呂市萩原町四美 1557-3)
21 組のアーティストによる「健康/福祉」、「岐阜の自然」、「岐阜の匠」を表現する作品と、会期中のハイライトとなるパフォーマンスイベントを行います。
参加作家:
内山翔二郎、EBUNE×あぐり、遠藤利克、鬼太鼓座、釘町彰、クワクボリョウタ、contact Gonzo、坂田桃歌、鈴木初音、田中望、田中泯、津野青嵐、中﨑透、西澤利高、平野真美、船川翔司、堀田千尋、巻上公一、山内亮二、弓指寛治、渡辺泰幸+渡辺さよ