展覧会Exhibition

元田久治:CARS
CARS : Diamond Mark 2022年  パネル、麻布、ミクストメディア     291×90cm
CARS : Diamond Mark 2022年  パネル、麻布、ミクストメディア 291×90cm
CARS : Collage1 2022年 リトグラフ、コラージュ 47.5x34.5cm
CARS : Collage1 2022年 リトグラフ、コラージュ 47.5x34.5cm

  • 元田久治:CARS
  • CARS : Diamond Mark 2022年  パネル、麻布、ミクストメディア     291×90cm
  • CARS : Collage1 2022年 リトグラフ、コラージュ 47.5x34.5cm

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元田久治:CARS

2022年6月24日(金)- 7月17日(日)

このたびアートフロントギャラリーでは、《元田久治:CARS》展を開催します。
日程 2022年6月24日(金)- 7月17日(日)
営業時間 水~金 12:00 - 19:00 / 土日 11:00 - 17:00
休廊日 月曜、火曜日
作家トーク 6/24(金)12:00- / 18:00-  各回15分ほど
作家在廊 6月26日(日)、7月3日(日)、10日(日) 13:00-17:00
元田久治は1973年熊本県出身、九州産業大学 芸術学部に在学中に版画技法の一つであるリトグラフと出会い、その後東京藝術大学大学院での版画専攻とオーストラリアとアメリカでの滞在制作を経て、リトグラフ版画家としてのキャリアを積んできました。元田作品を特徴づける点として、東京タワーや渋谷のスクランブル交差点など、国内外の誰もが知っているランドマークを廃墟と化した、精密な風景画が挙げられます。2004年頃から描き始めた一連の廃墟の風景は、人工的な構造物が風化し自然に帰る過程への興味や、地元から上京してきた際に感じた都市風景に対する違和感に通底しているといいます。2018年に松濤美術館で開催された『終わりのむこうへ:廃墟の美術史』展では、今日の廃墟画として「今は必ず過去になる」メッセージを孕む元田の作品が大きく取り上げられました。
アートフロントギャラリーでは2017年以来となる本展では、元田はこれまでの作風からの新展開を発表します。本展タイトル「CARS」と銘打たれた一連の新作では、現実の世界の道路をそのまま切り取って持ってきたような実物大のアスファルトと白線を背景に、実物大の、古びて劣化したミニカーのリトグラフが無数にコラージュされています。これまで描かれてきた廃墟風景は既存の建物が空想上で廃墟化され、精密なタッチがリアリティを持って鑑賞者に迫ってくるのに対し、「CARS」シリーズでは、写実的な描写は健在なものの、背景の道路とコラージュされるミニカーがともに実物大であるが故に、その前景にあるミニカーのスケールのミスマッチを印象的に感じさせます。ドローンの偵察映像を彷彿とさせる、上空から真下に見下ろすような視点で展開される無数のミニカーは乾ききった路面上に、あるときは方向をそろえ、またあるときは無秩序に散らばる様相を呈します。その一貫性のなさは、近年のコロナ禍や開戦間もないウクライナ等、解決の糸口の見えない情勢に迷い、不確かな情報に右往左往する人々を映しているようでもあります。リアリティ溢れる研ぎ澄まされた描写感覚を用い、今日の社会動向の核心を俯瞰して表現する元田久治の新境地を是非ご高覧ください。

《CARS : Pedestrian Crossing》 2022 / パネル、麻布、ミクストメディア / 202×472cm



元田久治展「CARS」によせて
(渋谷区立松濤美術館 学芸員 平泉千枝)

 2019年、オリンピック開催を翌年に控え沸騰寸前といった渋谷で開催されていた「終わりのむこうへ : 廃墟の美術史」展。そこで多くの来客を惹きつけたのは、元田久治がこの街のランドマークをリアルな廃墟として2005年に描いた静謐な風景画だった。閉幕後間もなく、街の一角で変化があった。絵でも象徴的だったタワーのロゴが撤去され、新元号に歩調を合わせ一新されたのだ。このように元田の絵の源泉である現実の街は、次の瞬間には砂が零れるように絶えず更新され、その繁栄の姿のまま結晶化して廃墟となる未来は、たぶん来ない。しかし翌2020年、突如人影が絶えた街の風景は、少し前に多くの人が思い描いていた未来とだいぶ様相が違った。今やや賑わいを取り戻した街で、ポップな新ロゴを掲げ、すましてタワーはそびえる。が、何事もないふりをしても、ズレた隣の次元に、あの元田の風景が広がっている事をもう知っているよ、と声をかけたくなる。

 元田自身は「フィクションを表現するために写実を利用」しているのだと述べる。しかし、震災、厄災、戦争が起こるたび、現在の風景を見る時さえ、彼の「フィクション」がしばしば想起され、予兆的とさえ評されるのはなぜなのか。それは今・ここに狭められた私たちの視界の薄皮一枚先にあるもっと普遍的な「リアル」を、元田が常に探り当てて描いてきたからではないか。

 そんな元田が、新たな展開として「CARS」と題した連作に取り組んでいる。素材感のある実物大の道路上に、主にリトグラフによるコラージュという硬質な手法でびっしりと表されるミニカーの車たちは、くたびれ古び、カタカタと音をたてそうだ。反復・相似するようでいて少しずつ個性が違う姿は愛らしくもあり、石畳上や砂の中で身を寄せ合うものもいる。戦火から逃げ惑う姿か、商業主義に促された通勤や余暇のラッシュに身を投じた末か。様々な想像が重なるのは、恐らく見つめる私たちの「リアル」が知らず知らずに絡めとられていくからだ。元田の緻密な手から生まれた小さな車たちは、どことも知らぬ地を目指す。私たちは、やがて自身が乗っている一台さえ、その絵の中に発見できるのかも知れない。

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