展覧会Exhibition

still life - 田中 栄子
作品イメージ (一部): リバー, 2013年, キャンバスにアクリル絵の具, h1640 × w1310 mm

  • still life - 田中 栄子

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still life - 田中 栄子

2013.7.18(木)17時 - 8.4(日)

アートフロントギャラリー(代官山)にて田中栄子展を開催いたします。
日程 2013.7.18(木)17時 - 8.4(日)
営業時間 11時より19時(月休)
レセプション 7月18日(木)17:00~20:00
田中 栄子 - still life によせて

 わたしたちの前を日々たえまなく無数の形象が流れては消えていく。通勤電車の窓から眺めた風景、ビルの谷間からのぞく夕空、色褪せたポスター、ニュース映像やコンピュータ画面、幼時の記憶のイメージやとりとめのない空想などなど。ふと、ある形象に躓き、意識の流れが滞ることがある。わたしは、理由もなく釘づけになり、背筋をひんやりした感触が走る。だが、それも一瞬の出来事で、あわただしい日常にせかされて、わたしは再びいつもながらのイメージの流れに戻っていく。「躓きの石」はすぐさま回避され、取り除かれ、忘れ去られねばならない。
 けれどもそのような形象にことさら関心をよせ、魅了されて、いつまでも立ち留まってしまう人もいる。田中栄子もその一人かもしれない。日常の風景に刻みこまれた聖痕のような、めったに顔を見せない形象に田中は憑かれている。日本の湿潤な風土に根づいた異界の形象は、しぶとく生き延びて社会の深層のあちこちに棲みついているのだろう。それは、高層ビルが林立する都市の暗がりのなかにさえ溶けこんで息をひそめている。
 田中の感受性は、そのような隠れた異界の風景を嗅ぎつけ、ひとつひとつ凝視し、仔細に吟味する。やがて様々な形象は分類され、彼女のなかに蓄えられる。それだけではない。見いだされた風景を彼女は、意図的に選別し抽出し再構成して、人々の前に曝そうと企てる。たとえば一種の「視覚的ノイズ」として神経を逆撫でする直前に、識閾の境界を漂うような残像や、抑圧された記憶のかすかな痕跡まで、彼女は丁寧にすくい取り、キャンバスに定着させようと企てる。そうした不断の努力と工夫の数々が田中のこれまでの作家活動を貫いている。
 しかし、このように見いだされた日常の異化作用を、なまのまま鮮度を保って伝えるのは、じつは容易なことではないのだろう。形象を何気ない風景から切り出し(写真)、そこから余分な情緒的負荷を消し去り(切り絵)、ふたたびノイズの純度を高めて絵画化する(アクリル画とリトグラフ)。異なったメディアの間を自由に行き来するこの一連のプロセス全体が田中の魔術の秘密であり、こうして最終的にもたらされたフラットな色面の構成は、イメージを幾層にもわたって濾過した結果なのだ。だがこの、クリアに見える形象の裏面には、ぴったり闇が貼りついていて、密かにこちらを窺っていることも忘れてはなるまい。      

小林信之(早稲田大学文化構想学部教授) 

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